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北宋滅亡の契機をつくった芸術家皇帝
徽宗

2016,6



北宋の第8代皇帝。
遼・金といった異民族王朝と国境を接し、拮抗する情勢の中で
外交的失策により、北宋滅亡の端緒を作った。
靖康の変により首都開封を奪われたのち、欽宗や后妃、皇女らと共に金に連行され
五国城(現在の黒竜江省依蘭県)にて虜囚として五十四歳で崩じた。

文人、画人として宋代を代表する芸術家であり、痩金体と呼ばれる新たな書体を作った。
絵画は、院体画と呼ばれる繊細で優美かつ写実的な画風で知られ、「風流天子」と称された。


帰国叶わず、北の大地で失意のうちに死去した徽宗。
数々の名画や書を生み出す繊細な感性を持つ芸術家には、
北宋末はあまりに国政の困難な時代だったのでしょう。
北の大地で、どれほど芸術を渇望していたか・・・そんな姿を描いてみました。





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