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介推入山

2009,7





介子推

春秋五覇の一人、晋の文公 重耳が帝位につくまでの苦難を支えた随臣。
重耳の側近らが功を誇って恩賞を要求することを嫌い、
重耳が帝位につくと、一切の褒章を受けることなく去り、母と共に緜上の山中に隠棲した。
後に介子推のことを知った文公は、緜上に介子推を封じたが、生涯世に出ず生きたといわれる。


介子推の母

功をねだる随臣たちの心の汚れを嫌う息子の心を解して、共に山中に身を投じた。
春秋の賢母の一人(だと思う)。

『十八史略』では、悔いた文公が介子推の住まう山に火をかけて出てきて貰おうとするものの
介子推は最後まで出てこず、母と抱き合って焼死したという壮絶な一説が記されています。
中国では清明節の前日は、火を使わずい食事をとる、寒食節という風習がありますが
これは介子推の死を悼んでのものだといわれています。神格化されちゃってるんですね。

介子推に関する記述は少なく、どうしても小説などで描かれえるイメージの方が大きくなって
しまってるのですが、彼の側には常に緑の清風が吹いているような、青い清流が流れているような
そんなどこまでも清らかなイメージの人物です。




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