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萬貴妃(万貴妃)

制作:2011〜2012年の間




明の九代皇帝、憲宗成化帝の貴妃。
幼少より宮中に入って孫太后の侍女となり、後に二十歳近く年少の成化帝の貴妃となった。

四十歳になるかという高齢で成化帝の第一子を産んだが夭折し、
その後自らの出産の限界を知ると、成化帝の他の后妃が産んだ子供を
次々と殺させたという「皇子殺し」で有名。


…と悪名高い万貴妃ですが、これは 『中国美人伝』(陳舜臣著、2004年 新潮社)
小説を元にしたイメージで描いてみました。

成化年間は景徳鎮の全盛期ともいえる陶磁器の黄金時代で、
淡緑色の彩釉で花や鶏などの文様を描いた豆彩と呼ばれる焼物が生まれました。

この小説の中で取り上げられている 『成化の秘宝』 という論文で、著者のデヴィド夫人は
「この豆彩の製造が成化年間に限られていて、繊細で女性的だったことから
これらの焼物には万貴妃が強く影響していると論じている」
そうです。

こう論じる背景として、成化年間に景徳鎮で作られた大量の陶磁器はすべて
宮廷御用達の品であり、成化帝の御世を通して宮廷を牛耳っていたのが
他ならぬ万貴妃であったという事実があるようです。

このことから、『中国美人伝』に描かれる万貴妃は、晩年宮中での謀略に倦み、
焼物への絵付けという芸術の世界を癒しとしてその美的センスを奮った女性として
描かれています。

景徳鎮で焼かれたこれらの作品の絵付けを、萬貴妃その人がしていたわけでは
もちろんありませんが、それでもきっと彼女の好みやセンスが取り入れられたからこその
あの繊細な美しさなのでしょう。美しいこれらの焼物が、宮廷での権謀術数に倦んだ
晩年の彼女の心の拠り所だったのかもしれません。


成化年間に作られた中でも、鶏缸杯(けいこうはい)と呼ばれる小さな酒器は
「チキン・カップ」として外国でも名が知られるほどの最高傑作なんだそう。
(それにしても、チキンカップって外国人からしてみれば笑えるネーミングじゃないのだろうか…)

この絵で万貴妃が手に持って絵付けをしている杯のモデルがそれです。
上の染絵の絵柄は 鶏缸杯と荷花杯 のものを描いてみました。
また、背景に描いた大皿は青花 鳳凰紋皿というもの。
いずれも成化年間の作品です。


この小説を読んで、成化年間の景徳鎮の焼物の絵柄を検索してみたところ
どれもとても繊細で優美、確かに女性的な絵付けだと感じました。

これらのかわいい文様をあしらった絵が描きたくて始めたこの万貴妃絵。
元絵はもっと色々と盛り込んでしまってガチャガチャしてしまったので、
これでもかなり削除してしまいました。
万貴妃の芸術センスをちょっとでも分けてもらいたいものです。




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